幕末に生まれ、明治維新を経験し、明治前半まで活躍した絵師河鍋暁斎。時は慶応元年(1865年)、幕末の動乱期。江戸から信州へ、弟子の留吉を伴いスケッチ旅行に発った暁斎。道中、信州に入る直前、中仙道最大の難所、碓氷峠にさしかかると、奇峰妙義山が現れ、早速、旅具から墨、筆、紙を取り出して妙義山を描く暁斎。同じ頃偶然に、信州上田から碓氷峠を越えひたすら江戸・横浜に向う男がいた。後の我が長野県を養蚕王国に築き上げるに功績大の先覚者の清水金左衛門が、その人。暁斎も金左衛門も大きな夢や希望を携えて中仙道・北国街道を往還したのだろう。金左衛門は「忙中山看我(忙中山我を看る)」であり、一方の暁斎は「閑中我山を観る」の心境であったろう。これが慶応元年の一風景だ。
~~~~上州妙義山真景(河鍋暁斎)~~~~
春灯り信濃ゆきげの昏れごころ 飯綱愛仁
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
~~~~第17回まちづくりミーティングのご案内~~~~
●とき/4月30日(木)18:00~20:00
●ところ/長野市TOⅰGO WEST 3F「生涯学習センター」
●語る人/ 河鍋暁斎記念美術館館長 河鍋楠美先生(医学博士)
●テーマ/仮)「’’暁斎’’って知っている?」
●会費(夕食代含)/会員¥2,300ー非会員¥2,500-
●協力/シマシステム、信州自然村
●お申込み先/090-3142-4820

コメントする