【音楽の持つ大きな力】
朝9時頃、長野市内にある「ひかり幼稚園」の園長先生原田要さん(元[零戦(一人乗り戦闘機]パイロットで最長老93歳)を訪ね、私が取り組んでいる音楽関連案件の新しい試みのご相談に応じていただいた。その際の原田要園長の心に残るお話を要約すると以下のとおり。「昭和20年8月15日に我が国は戦争に負けたことを駐在地の北海道で知らされた。即ロシア軍が攻めてくる旨が流布され、一時ゲリラ戦でも戦う意気込みで、賛同する部下達を編成・引連れて山中に入り込む覚悟を決めたこともあったが、結局は想定外で、部下達を引連れ内地(本州)のそれぞれの故郷へ帰還することになる。日本海廻りの貨物列車に乗り込んだが、車内ではそれまでの上下関係や規律が崩れかかり、罵り合いや殴り合いまで発生する事態となり責任者の私は統率がとれず困惑した。部下で同郷(長野県飯田市)の油井君が音楽学校出で声楽が専門であることを思いつき、油井君に殺伐な車内空気を静めるために、歌を唄ってくれるよう要請。命令とばかりに油井君は 唄い出してくれた。車内は静まりかえり、序々に拍手が起こり出した。だからわたしは、音楽は人間の心を静め、気持ちを和やかにしてくれる音楽の持つ大きな力を知っているつもりだ。不景気が起因してか時代は今、人情味が薄れ殺伐としているが、こんな時こそ音楽が大切だ。」 この感動的なエピソードを私は帰宅すと直ぐPCに向って文章化したが、キーボードを叩いているうちに、涙がでてきて止まらなくなってしまった。昨秋いわゆる高齢者の仲間入りして、涙もろくなってしまったのだろうか。実はこの原田要園長と4年前に亡くなった我が恒雄叔父(父の実弟)は、長野中学の同級生しかもクラスも''北組‘’で一緒と以前に原田要園長に伺っていた。私は子供の頃より恒雄叔父を尊敬していたのだが、我が父は生前常々「(弟の)恒雄は気弱で、、、!!??」と兄貴風を吹かしていた。しかし「ビヤジマも、(俺と同じく)元気がよかったよ!!」と原田要さんの優しいお言葉が、更に私の涙を助長しているのかもしれない。


私の涙を拭いさせような悪友N君の友情(今朝釣った活きたままの「ハヤ」を持参してくれたのはお昼直前。さっそく塩焼きの準備をしながら友人達に声をかけて昼間から宴会)

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