昨日(5/19)来社したT氏の情報により、我が家でも、家族で話し合い、早速、実行したところ、T氏の情報以上に【待たなくてよい】効率的な昼下がりの時間を過ごすことができた。警備員の方々の親切溢れるご配慮 のお陰で、回向柱にしっかり両手で触れた96歳の老母より、次回(7年後)の「善光寺御開帳」の言葉が飛び出したりしてビックリ仰天の善光寺参拝だ。(久しぶりの親孝行だが、でもしかし、、、) 「私たちは、意のままにならないもの、どうしょうもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をなくしはじめた。偶然を待つ、自分を越えたものにつきしたがう、未来というものの訪れを待ちうけるなど、【待つ】という行為や感覚からの認識、、、、、」(鷲田清一著「【待つ】ということ」より)


山ばとの馨して朝のつゆ疲れ 飯綱愛仁

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